1883年4月、42歳のモネはジヴェルニーに居を移します。
そして、1926年に没するまでこの地に住み着き、多くの大作を完成させました。
「モネの家」には、世界中から多くの観光者がやってきます。
パリからの半日観光ツアーもたくさん準備されています (だいたい60E程度)。
ヴェトゥイユとは大違いです(笑)
(でも、そういう小さな村にも行けるのがレンタカー旅行の醍醐味ですね☆)
友達曰く、「この世の花を全部ここに集めてきたんじゃないか」と思えるほど、
たくさんの花、たくさんの色。
地下道をくぐってもう一つの庭へ。
そこには、連作「睡蓮」のモデルとなった池があります。
モネは、この池を見ながら200枚もの睡蓮を描いたそうです。
小川、池、竹、柳、藤、睡蓮、そして太鼓橋。
そこはまるで日本庭園でした。
浮世絵を収集するなど、日本に傾倒していたモネ。
Wikipediaによると、晩年のモネは来客があっても断ることが多かったそうですが、
日本人の来客は歓迎されたとか。
日本のことを気に入ってくれてたとしたら、なんだかちょっとうれしいです。
おおお凄い!
返信削除モネの家が観光地になっているとは!
睡蓮は自分の家の庭のものを描いていたんですね。
一番最後の写真は同様の構図の絵があるので、もしかしたらモネはその位置から描いていたかもしれません。
実は、印象派の絵画にあまり興味がなかったのですが、
返信削除絵の題材になったノルマンディの風景を目の当たりにして、
かなり気に入りました。
印象派の絵は、見たままの風景と、ゆっくり流れる時間を
ブレンドしたような、そんな絵なんだと思います。