2010年9月13日月曜日
Voyage en Normandie: Epilogue
ブーヴロンからパリまで高速使って約3時間。
途中トイレ休憩をとりながら、無事にパリに戻ってきました。
レンタカーを返却するまで1時間以上時間があったので、
最後にパリの街をドライブしました。
凱旋門、シャンゼリゼ通り、コンコルド広場、ルーブル美術館、
オルセー美術館、サン・ジェルマン・デ・プレ教会、バスティーユ広場、
サン・マルタン運河、などなど。
上の写真は、シャンゼリゼ通りで撮ってもらった写真です。
クレマンソー広場(Place Clemenceau)の交差点。
グラン・パレ(Grand Palais)のあたりです。
そして、ナビに従ってパリ北駅へ。
駅の立体駐車場に車を停めるまではよかったのですが、
出口を間違えたらしく、レンタカー会社の窓口まで到達するのに一苦労。
一度駅の外に出てしまって、15分ぐらいかかりました。
何はともあれ、事故もなく無事に帰着できて本当によかった。
6月にフランスに来てから初めての旅行は、
キレイな風景とかわいい街並みに癒され、
そして文化や考え方の違いを考えるいい機会になりました。
異国の文化に触れて、自分のアイデンティティを再確認する。
これこそ、旅行の醍醐味だと思います。
Voyage en Normandie: (7) Beuvron-en-Auge
ノルマンディの旅もついに最終回。
小さな村、ブーヴロン・アン・オージュです。
「フランスの最も美しい村」の一つに選ばれています。
人口1000人以下というのが、選ばれる条件の一つになっているように、
この村はとっても小さかった。
村全体を歩いて1周しても15分ぐらいしかかからない。
そんなブーヴロンでは、木組みのかわいい家々に癒されました。
村の中心にあるとんがり屋根の家。
実は結構奥行きがあり、みやげもの屋さんになっています。
街並みの写真。
以前も書きましたが、ノルマンディはリンゴの産地。
やはりブーヴロンにもリンゴ畑はあります。
最後にこのお店で、田舎風パテ鴨のテリーヌを購入。
毎朝パンに塗って食べています♪
ノルマンディ旅行もこれでおしまい。
1泊2日の旅を終え、あとはパリへ帰るのみ。
ブーヴロンからパリまでは、車で3時間弱。
多少疲れましたが、無事に帰ってくることができました。
(おかげで今でもブログの更新ができます!)
一緒に行って下さった皆さん、おつかれさまでした♪
またみんなで行きましょう!!
小さな村、ブーヴロン・アン・オージュです。
「フランスの最も美しい村」の一つに選ばれています。
人口1000人以下というのが、選ばれる条件の一つになっているように、
この村はとっても小さかった。
村全体を歩いて1周しても15分ぐらいしかかからない。
そんなブーヴロンでは、木組みのかわいい家々に癒されました。
村の中心にあるとんがり屋根の家。
実は結構奥行きがあり、みやげもの屋さんになっています。
街並みの写真。
以前も書きましたが、ノルマンディはリンゴの産地。
やはりブーヴロンにもリンゴ畑はあります。
最後にこのお店で、田舎風パテ鴨のテリーヌを購入。
毎朝パンに塗って食べています♪
ノルマンディ旅行もこれでおしまい。
1泊2日の旅を終え、あとはパリへ帰るのみ。
ブーヴロンからパリまでは、車で3時間弱。
多少疲れましたが、無事に帰ってくることができました。
(おかげで今でもブログの更新ができます!)
一緒に行って下さった皆さん、おつかれさまでした♪
またみんなで行きましょう!!
2010年9月10日金曜日
Voyage en Normandie: (6) Honfleur
ノルマンディ旅行2日目。あいにくの雨。
前日の約束どおり、まずはエトルタに行ってみたのですが、
雨は止まず。。。残念でした。
でも、気持ちを入れ替えて旅の続きを楽しみます!
セーヌ川河口に架かる大きな斜張橋、ノルマンディ橋。
雨でよく見えないですね(泣)
1995年に完成したとき、主塔間距離(中央径間)が856mで世界一だったそうです。
現在の世界一は、日本の多々羅大橋が890mですって。
高速道路のノルマンディ橋を渡って、セーヌ川右岸の都市、ル・アーブルから
左岸の港町、オンフルールへ移動します。
セーヌ川河口の港町とあって、11世紀のころから栄えていたオンフルール。
イングランドとの交易を行う拠点として潤ったそうです。
今では、ル・アーブルに貿易拠点の座を奪われているようですが、
そのおかげでこの町には昔ながらの家々が数多く残っています。
まずは、旧港付近の写真から。
今ではヨットハーバーとして利用されています。
ハーバーを囲むように、幅の細い家が軒を連ねています。
なんだか、300年ぐらい前にタイムスリップしたかのような印象を受けますね。
オンフルールも、印象派画家に愛された町。
多くの画家がこの町を描きました。
旧港から5分ぐらい歩くと、オンフルール生まれのブーダンの美術館があります。
なんと、火曜日は定休日。
この町の美術館・博物館はすべて火曜日定休日なのです・・・
ということは・・・
作曲家、エリック・サティが生まれた家も、火曜日は定休日でした・・・(泣)
中には入れませんでしたが、サティの音楽の起源に出会えた気がします。
ジムノペディとJe te veuxが頭から消えません。
印象派の絵とジムノペディ。最高のマリアージュに思えてなりません。
旧港のそばにある教会、サンカトリーヌ教会。
なんとこの教会、木造なのです。
これまで見てきた石作りの教会とは雰囲気が、色が違います。
これらの他にも、町の写真をどうぞ。
この町でお昼ごはんを食べました。
パリでは食べたら高いんだろうね、って言いながら、
海の幸のプレートを頼みました。
ノルマンディはりんごの産地なんですが、りんごを使ったお酒も名産です。
シードル(Cidre)とカルヴァドス(Calvados)。
シードルはりんご酒とも呼ばれ、さっぱり飲みやすい発泡酒。
カルヴァドスはアップル・ブランデーとも呼ばれる蒸留酒。
ともに、原産地呼称規制「AOC(Appellation d'Origine Contrôlée)」の対象です。
友達がシードルを買うなか、私はカルヴァドスを買いました。
買ったのはこのお店です。
さっ、オンフルール観光を終えて、いよいよ最後の町、ブーヴロンへ!
前日の約束どおり、まずはエトルタに行ってみたのですが、
雨は止まず。。。残念でした。
でも、気持ちを入れ替えて旅の続きを楽しみます!
セーヌ川河口に架かる大きな斜張橋、ノルマンディ橋。
雨でよく見えないですね(泣)
1995年に完成したとき、主塔間距離(中央径間)が856mで世界一だったそうです。
現在の世界一は、日本の多々羅大橋が890mですって。
高速道路のノルマンディ橋を渡って、セーヌ川右岸の都市、ル・アーブルから
左岸の港町、オンフルールへ移動します。
セーヌ川河口の港町とあって、11世紀のころから栄えていたオンフルール。
イングランドとの交易を行う拠点として潤ったそうです。
今では、ル・アーブルに貿易拠点の座を奪われているようですが、
そのおかげでこの町には昔ながらの家々が数多く残っています。
まずは、旧港付近の写真から。
今ではヨットハーバーとして利用されています。
ハーバーを囲むように、幅の細い家が軒を連ねています。
なんだか、300年ぐらい前にタイムスリップしたかのような印象を受けますね。
オンフルールも、印象派画家に愛された町。
多くの画家がこの町を描きました。
旧港から5分ぐらい歩くと、オンフルール生まれのブーダンの美術館があります。
なんと、火曜日は定休日。
この町の美術館・博物館はすべて火曜日定休日なのです・・・
ということは・・・
作曲家、エリック・サティが生まれた家も、火曜日は定休日でした・・・(泣)
中には入れませんでしたが、サティの音楽の起源に出会えた気がします。
ジムノペディとJe te veuxが頭から消えません。
印象派の絵とジムノペディ。最高のマリアージュに思えてなりません。
旧港のそばにある教会、サンカトリーヌ教会。
なんとこの教会、木造なのです。
これまで見てきた石作りの教会とは雰囲気が、色が違います。
これらの他にも、町の写真をどうぞ。
この町でお昼ごはんを食べました。
パリでは食べたら高いんだろうね、って言いながら、
海の幸のプレートを頼みました。
ノルマンディはりんごの産地なんですが、りんごを使ったお酒も名産です。
シードル(Cidre)とカルヴァドス(Calvados)。
シードルはりんご酒とも呼ばれ、さっぱり飲みやすい発泡酒。
カルヴァドスはアップル・ブランデーとも呼ばれる蒸留酒。
ともに、原産地呼称規制「AOC(Appellation d'Origine Contrôlée)」の対象です。
友達がシードルを買うなか、私はカルヴァドスを買いました。
買ったのはこのお店です。
さっ、オンフルール観光を終えて、いよいよ最後の町、ブーヴロンへ!
2010年9月4日土曜日
Voyage en Normandie: (5) Le Havre
今日の宿泊地、ル・アーブル。
セーヌ川右岸の河口にある大きな港湾都市です。
有名な「ノルマンディ上陸作戦」の後、ドイツによって占領されていたこの町は、
イギリス軍による「最も苛烈な爆撃」にあい、ことごとく破壊されます。
戦後、ベルギー人建築家のオーギュスト・ペレ(Auguste Perret)によって
まっさらな状態から再建されました。
ペレは「コンクリートの父」と呼ばれており、
都市の再建にはコンクリートをふんだんに利用しました。
コンクリートで作られた建物の連続。。。
そのため、ル・アーブルはただの近代都市です。
戦後の復興都市ということで、世界遺産に登録されているそうです。
(私には全く理解できませんが。)
まぁそんなわけで、この街は観光しません。ただ泊まるだけです。
大都市なので、ホテルがたくさんあったのです。
直前でも問題なく予約できました。
到着したのは夜10時。すでに日は沈み、暗くなっていました。
ホテルでレストランを教えてもらって、早速出発!
港湾都市だけあって、大型船のドックみたいなのがあり、
真ん中に浮橋の歩道がありました。浮橋からの風景は綺麗です。
探すこと15分以上。 レストランは見つかりませんでした・・・orz
たぶん、もう少し奥の方にあったのでしょう。
でも10時半を過ぎてお腹もすいてたので、ホテルに引き返すことに。
結局、近所のブラッセリーで食べました。
ちょっと冒険して、今日のおすすめのうさぎ(!!)を食べました。
鳥肉みたいで、まぁまぁの味でした。
ホテルの部屋(写真を撮り忘れたorz)は、値段の割に広くて清潔で快適♪
ベッド、布団もすごくよくて、ぐっすり眠れました。
明日は再度エトルタに行って、それから後半戦の開始です!
Voyage en Normandie: (4) Étretat
今回のノルマンディ旅行で、最も訪れたかった場所、エトルタ。
断崖に囲まれた海岸に面し、丘陵に囲まれた小さな町エトルタは、
ブーダン、クールベ、モネなどの芸術家を魅了してきました。
朝からずっと曇り空でしたが、エトルタに近づくにつれ快晴に!
町に車を止める前に、先に丘の上に向かいました。
そして・・・
あまりの美しさに、みんな言葉を失いました。
解説は後にして、まずは写真をご覧下さい。
エトルタの海岸は、二つの大きな断崖に挟まれています。
西側(海に向かって左)にあるのが「La falaise d'aval(アヴァル(下手)の崖)」。
東側(右)にあるのが「La falaise d'amont(アモン(上手)の崖)」。
崖は海水で侵食されて大きな穴が開き、「門」のようなアーチを作っています。
それぞれ、「La porte d'aval(アヴァルの門)」、「La porte d'amont(アモンの門)」と
呼ばれます。
我々が上ったのは東側。つまり、アモンの崖の上だったので、
アヴァルの崖、アヴァルの門がよく見えました。
(上から3枚目の写真が、アヴァルの崖の拡大写真です。)
アヴァルの門は、作家モーパッサンが「波の中に鼻を突っ込んだ巨象の姿」と
表現したことから、「象の鼻」と呼ばれています。
そして、象の鼻のすぐ向こう側には、針のように尖った岩があります。
これが「L'aiguille(針)」と呼ばれる岩で、モーリス・ルブランの小説「奇巌城」の
舞台となっています。
エトルタには、アヴァルの門、アモンの門の他に、もう一つ
「Manneporte(マンヌポルト)」と呼ばれる大きな門があります。
これは、アヴァルの丘からさらに西に進まなければ見れません。
到着が夕方(7時半過ぎ)でしたので、行くのは諦めました。
マンヌポルトは、モネに描かれています。
アモンの丘には、教会(礼拝堂)があります。
「Chapelle Notre-Dame de la Garde」。そう、これもノートルダムでした。
第2次世界大戦で破壊され、1950年に再建されたものだそうです。
最後に、エトルタの町を紹介します。
大戦中、病院として使われた建物。町の中心部にありました。
木組みの家がほとんどで、とてもかわいい(Très joli)です。
今日のおすすめコースが、魚料理になっていたレストラン。
ノルマンディのお魚、さぞかしおいしいことでしょう!
建物も非常に古く、味がありますね。
4人ともまだお腹がすいてないということで、ここでの食事を断念。
宿泊地のル・アーブルに向かうことにしました。
でも、みんなこの町がお気に入り!
よって明日の朝もう一度来ることに決定しました♪
断崖に囲まれた海岸に面し、丘陵に囲まれた小さな町エトルタは、
ブーダン、クールベ、モネなどの芸術家を魅了してきました。
朝からずっと曇り空でしたが、エトルタに近づくにつれ快晴に!
町に車を止める前に、先に丘の上に向かいました。
そして・・・
あまりの美しさに、みんな言葉を失いました。
解説は後にして、まずは写真をご覧下さい。
エトルタの海岸は、二つの大きな断崖に挟まれています。
西側(海に向かって左)にあるのが「La falaise d'aval(アヴァル(下手)の崖)」。
東側(右)にあるのが「La falaise d'amont(アモン(上手)の崖)」。
崖は海水で侵食されて大きな穴が開き、「門」のようなアーチを作っています。
それぞれ、「La porte d'aval(アヴァルの門)」、「La porte d'amont(アモンの門)」と
呼ばれます。
我々が上ったのは東側。つまり、アモンの崖の上だったので、
アヴァルの崖、アヴァルの門がよく見えました。
(上から3枚目の写真が、アヴァルの崖の拡大写真です。)
アヴァルの門は、作家モーパッサンが「波の中に鼻を突っ込んだ巨象の姿」と
表現したことから、「象の鼻」と呼ばれています。
そして、象の鼻のすぐ向こう側には、針のように尖った岩があります。
これが「L'aiguille(針)」と呼ばれる岩で、モーリス・ルブランの小説「奇巌城」の
舞台となっています。
エトルタには、アヴァルの門、アモンの門の他に、もう一つ
「Manneporte(マンヌポルト)」と呼ばれる大きな門があります。
これは、アヴァルの丘からさらに西に進まなければ見れません。
到着が夕方(7時半過ぎ)でしたので、行くのは諦めました。
マンヌポルトは、モネに描かれています。
アモンの丘には、教会(礼拝堂)があります。
「Chapelle Notre-Dame de la Garde」。そう、これもノートルダムでした。
第2次世界大戦で破壊され、1950年に再建されたものだそうです。
最後に、エトルタの町を紹介します。
大戦中、病院として使われた建物。町の中心部にありました。
木組みの家がほとんどで、とてもかわいい(Très joli)です。
今日のおすすめコースが、魚料理になっていたレストラン。
ノルマンディのお魚、さぞかしおいしいことでしょう!
建物も非常に古く、味がありますね。
4人ともまだお腹がすいてないということで、ここでの食事を断念。
宿泊地のル・アーブルに向かうことにしました。
でも、みんなこの町がお気に入り!
よって明日の朝もう一度来ることに決定しました♪
2010年9月1日水曜日
Voyage en Normandie: (3) Rouen
オート・ノルマンディ地域圏の首府、ルーアン。
中世から都として栄え、特に大司教座が置かれたことから、
非常に大きな教会が作られました。
それが、ルーアン大聖堂です。

正式名称は、Cathédrale Notre-Dame de Rouen。
そう、ここもノートルダムなのです。
世界遺産には登録されていないそうですが、
北フランス3大大聖堂(シャルトル、アミアン、ルーアン)の一つです。
フランス最大のゴシック建築とも言われ、ファサードの細かさは実に見事です!
モネは、季節や時刻によって変わりゆくルーアン大聖堂の絵を、
なんと33枚もの連作として作成しました。
あいにく、正面は改修工事中で、カバーで囲まれていたため、
同じ構図の写真は撮れませんでした。
(上の写真は、1、2枚目が右側面、3枚目のみ正面です)
教会内部も大変荘厳な感じでした。
ルーアン大聖堂のほかにも、非常に有名な教会がもう一つ。
それが、聖ジャンヌ=ダルク教会(Église Sainte-Jeanne-d'Arc de Rouen)です。
仏英間の100年にもわたる戦争において、フランスの勝利に寄与したとされる
英雄ジャンヌダルクは、1430年5月、コンピエーニュの戦いで捕虜となり、
イングランド主導の裁判により火刑に処されました。享年19。
英雄はなんとティーンエイジャー。今なら女子高生です。
1449年、イングランド軍からルーアンを取り戻したフランス王シャルル7世は、
ジャンヌの裁判を再調査、1456年には処刑裁判の破棄が宣言されています。
そして、500年以上経った1920年、列聖されて「聖女」となりました。
教会にあった銅像は、鎧を着て旗を振るジャンヌダルクとは裏腹に、
可憐な少女のようでした。
さて、ルーアンの街並みですが、新旧の建物が入り乱れた感じで
全体的にはいまひとつ統一感が感じられませんでした。
とはいえ、大時計やアーチの裏側の彫刻、木組みの家など、
見どころはたくさんあります!
朝7時にパリを出発してすでに10時間が経過(上の写真は17:30に撮影)。
朝は曇り空だったのですが、だんだんと天気がよくなってきました。
次の訪問地エトルタは、今回の旅で一番行きたかったところ。
日が沈む前に行きましょう!
中世から都として栄え、特に大司教座が置かれたことから、
非常に大きな教会が作られました。
それが、ルーアン大聖堂です。

正式名称は、Cathédrale Notre-Dame de Rouen。
そう、ここもノートルダムなのです。
世界遺産には登録されていないそうですが、
北フランス3大大聖堂(シャルトル、アミアン、ルーアン)の一つです。
フランス最大のゴシック建築とも言われ、ファサードの細かさは実に見事です!
モネは、季節や時刻によって変わりゆくルーアン大聖堂の絵を、
なんと33枚もの連作として作成しました。
あいにく、正面は改修工事中で、カバーで囲まれていたため、
同じ構図の写真は撮れませんでした。
(上の写真は、1、2枚目が右側面、3枚目のみ正面です)
教会内部も大変荘厳な感じでした。
ルーアン大聖堂のほかにも、非常に有名な教会がもう一つ。
それが、聖ジャンヌ=ダルク教会(Église Sainte-Jeanne-d'Arc de Rouen)です。
仏英間の100年にもわたる戦争において、フランスの勝利に寄与したとされる
英雄ジャンヌダルクは、1430年5月、コンピエーニュの戦いで捕虜となり、
イングランド主導の裁判により火刑に処されました。享年19。
英雄はなんとティーンエイジャー。今なら女子高生です。
1449年、イングランド軍からルーアンを取り戻したフランス王シャルル7世は、
ジャンヌの裁判を再調査、1456年には処刑裁判の破棄が宣言されています。
そして、500年以上経った1920年、列聖されて「聖女」となりました。
教会にあった銅像は、鎧を着て旗を振るジャンヌダルクとは裏腹に、
可憐な少女のようでした。
さて、ルーアンの街並みですが、新旧の建物が入り乱れた感じで
全体的にはいまひとつ統一感が感じられませんでした。
とはいえ、大時計やアーチの裏側の彫刻、木組みの家など、
見どころはたくさんあります!
朝7時にパリを出発してすでに10時間が経過(上の写真は17:30に撮影)。
朝は曇り空だったのですが、だんだんと天気がよくなってきました。
次の訪問地エトルタは、今回の旅で一番行きたかったところ。
日が沈む前に行きましょう!
登録:
投稿 (Atom)

























































